余市のワイン時間
~かくと徳島屋インタビュー
余市町のワインをグラスで、しかも地元の食材でつくる和食と一緒に味わえる希少な一軒が「かくと徳島屋」です。
生産本数の少ない余市のワインを和食に合わせて提供するようになったきっかけや、余市のワインに寄せる思いなど、お話をうかがいました。
JR余市駅前にある「かくと徳島屋」は、駅前旅館として大正13年に創業しました。
「以前は『かくと徳島屋旅館』という名前だったんです。名前の通り、初代は徳島県の出身でした。当時は鉄道を利用する行商の人で、旅館もずいぶんと賑わっていたそうです」
そう教えてくれたのは、4代目の當宮(とうみや)弘晃さん、益美さんご夫妻。
余市駅といえば、積丹半島の玄関口に位置し、かつては特急や急行が停車する交通の要所でした。
2代目、3代目と代替わりする中、旅館業に加え、仕出しや宴会の需要も増えていったそうです。
そんな中、弘晃さんは「料理人として後を継いでほしい」という2代目である祖父の思いを受け、高校卒業後に京都へ。
京料理の老舗「本家 たん熊」で10年に渡って修業を積み、余市に帰ってきました。
益美さんとは京都時代に出会い、余市~京都の遠距離恋愛を経て、結婚。
バラ色の新婚生活となる予定が、時はバブル後の不景気の真っただ中。宴会は減り、仕出しの注文は入らず、駅前旅館に泊まる人はわずか。余市町の人口も減る一方でした。
「このままではあかんなぁ」
弘晃さんの料理の腕を生かすべく、ランチの営業を始めました。
加えて、看板から「旅館」の文字を取るという大きな決断も。
「料理にウエイトを置こうと思っていたので、『旅館』って付いているとお客さんも混乱しますよね。だから思い切ってね」
現在のかくと徳島屋は、宿泊もできる料理屋という感じでしょうか。
評判のランチ「時候膳」(1100円~)をはじめ、料理はすべて要予約で提供。品数や食材によって料金が異なるため、予約電話をするときに相談するのがおすすめです。
この日は余市の地魚を楽しめるお刺身付きをチョイス。一品一品を丁寧につくっているのが見た目にも伝わってくる内容。全体的に上品な味付けで、特に胡麻豆腐や焼き湯葉は、京料理の仕事を楽しめます。
食堂の入口にはワインセラーがあり、そこにはお宝ワインがずらり並んでいます。グラスで「タカヒコ・ソガ」や「モンガク谷ワイナリー」、「登醸造」などのワインを楽しめるのです。
このほか「vin de 時候膳」(6600円、8800円)には、「ドメーヌ・タカヒコ」や「ドメーヌ・アツシ スズキ」、「ドメーヌ・モン」のフラッグシップワインを少量ずつ味わえるテイスティングセット付き! よりワインに寄り添った一品料理を楽しめる内容になっているそうです。
余市町ワインのファンにはたまりません!
ワインを好きな人は
料理も大切にしてくれる人
かくと徳島屋が余市のワインを扱うきっかけをうかがいました。
「(曽我)貴彦さんから最初につくられたワインをいただいたことがあったんです。すっごくおいしくって。心に沁みるものがありました。
町内だし気軽に買えるものだと思っていたら、全然買えなくて。当時はそんなことも知らずにいたんですよ(笑)」
ちょうどそのころ、かくと徳島屋は低迷期だったといいます。
「だからといって、人気の貴彦さんのワインに頼って置かせてもらって、ひと寄せパンダにしてはあかん。自分たちからそんなお願いをしては絶対いけない」
ふたりはそう心に誓ったそうです。
「大切なワインを安心して託してもらえる日がいつか来たら、その時は…」という思いと共に。
それから8年ほど歳月が流れ、弘晃さんの修業先である本家たん熊で、余市のワインを楽しむイベントがあったそうです。
「和食の繊細さに余市のワインは、ぴたっとはまるんですよね。わかってはいたのですが、あらためて正解をいただいたような、しっくりときた感覚がありました。
貴彦さんをはじめ、同行された生産者の方も、お客さんもそう感じられたんじゃないかと思うんです」
それから時を待たずにコロナ禍へ。飲食業も宿泊業も特に苦しかった2020年のある日、曽我さんから電話があったといいます。
「『かくとさん、コロナで大変ではないですか? うちのワインやドメーヌ・アツシ スズキ、ドメーヌ・モンのワインは、和食との相性が良いと思うので、少量にはなってしまいますが、テイスティングセットとして置いてみませんか?』って。ありがたいお申し出ですよね」
さらに曽我さんは、こんな話もされたといいます。
余市に来たら、地元のワインを飲める。そう思う人は多いかもしれないけれど、生産本数の少ないワインが多いだけに、せっかく余市に来てもそれが叶わない場合が多い。それを見聞きする自分たちもつらい。そこを何とかできたら…。
「私たちの苦境を思ってということに加え、余市の先々のことを、余市に来るみんなのことを考えているんだなぁ、すごいなぁと思いました」
「ワインを託してもらえる」といううれしいお墨付きを得て、ほかのワイナリーにも「うちにワインを置かせてください!」と思い切って声をかけたそうです。
「その甲斐あって、登地区のご縁のあるドメーヌさんのワインを置かせてもらっています。うちはワイン好きの方がおひとりで来られることが多いので、グラスで飲めるって、喜んでもらっています」
こんな話も聞かせてくれました。
「私たちも責任感を持って提供させてもらいたいので、セラーをきちんとして、リーデルのグラスも赤・白・泡を用意しました。
ある時、お客さんから『貴彦さんのナナツモリにはピノノワール用じゃないとあかん』って言われまして、慌ててグラスを買い足しました(笑)。いつもお客さんから教わっています」
ワインをお目当てに来るお客さんが増え、料理を大切に、一品ずつ丁寧に食べてくれる人が多くなったことが、「何よりもうれしい」と、おふたりは相好を崩します。
「余市町は食の宝庫。海の幸もそう、農産物に果物、そしてワイン。それが一番の魅力だと思います。
ペアリングはまだ勉強中。料理をさりげなくワインに寄せていきながら、より良いペアリングを楽しんでもらうのが今の目標です」
裏表のない正直な、そして笑いの絶えない當宮さんご夫妻。ここで過ごす時間は余市町の食とひとの豊かさに触れることができ、気持ちがほっこりするのです。
かくと徳島屋
https://kakutoryokan.wixsite.com/mysite
食事11:30~14:00、17:30~(要予約)
宿泊1泊2食付き1万1000円~
まずは電話でお問合せを。益美さんが丁寧に対応してくれます。